「ネイキッド」や「ディボーシング・ジャック」がしゃべりっぱなしの役なら、このキンスキーは全く逆の寡黙な人。人と接するのが苦手そうな感じですね。ファンになられた方でこの作品観て好きになった人多いのでは?なかなか素敵でしたからねー。やっぱり手が美しいからピアニストの役がはまるんですよね。手だけではなく、シュー様の間っていうのでしょうか?会話が少ない分、間が生きていたと思います。会話も少ないし、カット割りも少ないですよね。BGMもほとんどピアノだし。お金かけてない映画なんだけど、十分楽しめますよね。ベルトルッチ監督の作品の中で一番好きな映画になりました。
シュー様ファンとして欲を言えば…、キンスキーがどうしてシャンドライを好きになっていったかを少し観たかったかな。何かきっかけになる出来事とか…。もしかしたら、キンスキーも気づかないうちに好きになっていたのかもしれないですね。イタリア語を話すシュー様も素敵でしたね。ピアノ値切られちゃったけど。ピアノを教えてる時の優しい雰囲気も好きです。それにお手玉のシーンも…。手がきれいなだけじゃなく、器用なんですよねー。
ただ、ラストは賛否両論あるでしょうね。原作と同じ終わり方ですからね。映画なら違ったラストも出来たはず。となるとラストはどっちを選んだのでしょう?夫に隠れてキンスキーと会ってしまうのか、それとも夫に戻っていくのか。今、私はあの終わり方でよかったのではないかと思っています。どちらを選んだのだろうと考える度に・・・。どっちを選んでもどちらかが泣きを見てしまう。二人ともいい人だけにそれを見るのは辛いですね。
原題の「Besieged」って、意味を調べるとこの映画とは、ちょっと違うような気がしました。「取り囲む」「悩ませる」「攻め立てる」という意味なのですが、最初の告白後、キンスキーは決して肉体的にも精神的にも攻め立てていないのです。ストーカー的な部分が話の中心ならわかりますが。夫を刑務所から出すこと、それは好きなシャンドライとの別れでもあるのに、「何でもする」と言ったことを無言実行しているのです。しかも全財産投げ出して、何の見返りも求めずに…。悲しすぎますね。
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